love in the first degreeだね

フルグラはおいしい

灯の灯る大きなお家がよかったな

(2020年7月の記事)

 

 

シルバニアファミリーを、小さい頃よく買ってもらっていた。

シルバニアが特別に好きだったわけではなく、リカちゃん人形やバービー人形は買ってもらえないから(母の趣向に沿わないから?)唯一買ってもらえるシルバニアファミリーをねだっていた。

飽きっぽい小さな私は、シルバニアファミリーで遊ぶのは苦手だった。
ごっこ遊びが苦手だったし、細かい作業も苦手だったから、いつもお家は家具や食器で荒れていたし動物たちの洋服は汚なかった。

「明かりの灯る大きなお家」は、誕生日か何かにもらった。
確か二階建てで小さな庭がついていて、スイッチを入れると本当の家のような明かりがつく。まさに「明かりの灯る大きなお家」だった。
「明かりの灯る大きなお家♪」というCMが、当時はよく流れていた。


私の住んでいた実際の家もまた、「明かりの灯る大きなお家」だった。

母の希望だった太陽のいっぱい入る大きな窓と、一階部分を全て繋げた広いリビング。母のことが大好きな父は、母の希望を全て受け入れた、夢のマイホームを建てた。よく笑いよく泣くひまわりのような母と、ひょうきん者で真面目な父。
その二人の間に生まれた3人の子供たち。
毎週出掛けて、キャンプをしたりした。
誰も何も疑うことなく、幸せでしかなかった。

そんな母と父が離婚したのは、家が建ってから13年後のことだった。
母は新しい男性と、妹を連れて家を出て行った。
残された私と兄と父の3人暮らしは、ジメジメして暗くて、いつも黒いもやがかかったようにしか思い出せない。当時中学生になったばかりの私と、兄と、鬱病を発症した父。

(これは、緊急事態だから)心のどこかでいつも思っていた。
父が怒鳴っても、母に一緒に住むことを拒否されても、飼っていた犬が死んでも、コンビニ弁当でも、寂しくても。
(緊急事態だから、しょうがない)
この状況はこれから先ずっと変わらないのに。

いつも誰かがいたリビングには、誰もいなくなった。
家具や絨毯がいつの間にかなくなって、小さな机と椅子とテレビだけになった。
家から帰ってきても、いつも自室に逃げ込むように階段を上がった。
あんなに大きくて明るいリビングだったのに、誰も使わなくなった。


離婚してからもう8年がたった。私も兄も独り立ちして、あの大きな家には今は父が一人で暮らしている。
先日 久しぶりに会った父が「離婚してからは、リビングになるべく人が集わないようにしたんよ」と言っていた。
それが父の強がりなのか、本音なのかはわからないけれど、頭をガツンと殴られたようにショックを受けた。

 

あぁ、あの冷たい時間の中で、父にとっての「家族」は終わってしまったんだろう。そう思ったからだ。
父の止まった時の中に、私も兄も、い続けることはできなかった。
だから、3人の新しいリビングは作れなかったんだな。


さいころに遊んだ「明かりの灯る大きなお家」の、あのCMみたいな家だった。まぎれもないほどに暖かな家族に見えていた。

私はいつも遊ぶのが下手だった。ごっこ遊びはできなかった。
家の中は何もなくなって、動物たちもいなくなった。
明かりの灯る大きなお家の、スイッチは切れてしまったんだな。