love in the first degreeだね

はなしたいことがたくさんあるんだよ

むだ

 

 

昔から結婚してる人は自分のことを絶対に好きにならないから安心するって思っていて、そう言っていたときのわたしとはまた違った気持ちで結婚している人に安心感を抱いている。わたしは本当に人を好きになるとき、いつも相手がいなくなることや見放されることが怖くて、小出しに最低な自分を見せて試してしまう。相手が傷ついているのを見て(あー良かったこの人はまだ私から離れない)と安心するから。そんな自分の暗さや上手く立ち振る舞えないことを悩むことすらがだんだん苦しくなってしまう。

 

今よく会っている人のこと、全然好きではない。でも気持ち悪いとは思ってない。その人は結婚していて、1番大切な人がいて、私は圧倒的なその他であり、この先も永遠にそう。絶対にどうにもならないと決まっている関係なら、安心して過ごしていられる。今までのどの不安もその先の未来があったから真剣に悩めたのだ。もっと早く出会えたらよかったのにと彼は言ったけどなに言ってんだと思った。あなたにとってのわたしも、わたしにとってのあなたも、大した関係じゃないから、大事じゃないから今こうやって楽しく過ごしていられるんだよ。怒ったり泣いたりとか建設的な話とか無しで、どうでもいい会話だけしてるから愛おしいんだよ。

 

 

足が前にすすまない夢を見る。

それは手すりのついた廊下だったり、遠足にいくための集合場所までの道だったりする。

 

足を前に出そうと思うと、すごい力で後ろにひっぱられるような重力が働くので、それに抗って前に進まないといけないパターンが1番多いのだけど、昨日は前に出す方法を忘れてしまう夢だった。前に進もうとすると左足が後ろに下がる。そうすると、右足は前に出ているから(あ、一歩前に出た)と思うんだけど、そこからどうやって前に進むのかわからなくなる。それを必死に誰かに説明していた。

 

近況

 

 

この人になら心を委ねても大丈夫なのかもしれない、と思う人ができて自由な心でその人に接していたら、その人がいなくなることが悲しくてたまらなくなって涙がとまらん、みたいなことがあって、その気持ちだけを見ればとても可愛いらしい気持ちだけど、それを相手に求めてしまえば、なんかとてもグロい、私がなりたくない私がいて、こわい、と思ったらスーーっと気持ちが冷めていってしまった。(なぜ?)

でも彼のことはとても好きだ。iPhoneの色々なパスワードをちゃんと管理できていないところも、人に合わせて朝まで飲むから死にそうになりながら翌日仕事しているところも好きだ。やさしいから好きだ。複雑さが好きだ。きっと私をいつでも許してくれるところが好きだ。でも一緒に生きていくってことが、許し合いみたいになるのなら、そんな人生はいらないと今の私は思っている。

 

違う人と手を繋いでみたり、思わせぶりなことを言ったりしてみたら、かんたんに自分のものになって、しかもそれは想像よりもずっとつまらないことだった。気持ちを分散させて色んな人から好きだって言われたら幸せになれるのかな?と思ったけど、よくわからなかった。死にたいなーと思った。嘘ついたり、隠し事をしたり、やりたくないことばかりやっていて、もういらないかも?って思うのに全部なくなるのは怖いから手放せなくて、でも本当はどれも欲しいものではないことは1番自分がわかってる。

 

2月から悲しくならない薬を飲むようになった。ずっと落ち込んでいたときは寝ても覚めても悲しい気持ちだった。さきに悲しい気持ちがあってあとから日常がついてくるようだった。涙がずっと目の裏側にあるのに出てこないような切羽詰まった感じの時もあった。というかそんな感じに何年も生きていてひどい時とひどくない時があっただけで、落ち込んでいることは当たり前なことだった。薬を飲んで、元気になるのではなく「悲しくならなく」なった。元気なときも増えたけどね!悲しいの反対は元気とか楽しいだと思ってたけど違って、無、が正解だった。落ち込まないでいられる生活はとても楽だけど、これまで頭の中にいた気持ちたちを必死に脳のバグで隠してるだけな気もして、いるのにいないみたいな、何か忘れてる感じがするような気がして少し怖い。あとこれまでほとんど夢なんか見なかったのに毎日のように不思議な夢を見るようになってiPhoneのメモに溜まっている。いつかそれもまとめられたらいい。これまで元気がなくても落ち込んでいても食欲だけはあって、食べログにたくさん保存していたし、外に全然出れないときも外食のためなら外に出れたのに、食欲もなくなった。お腹は空くんだけどなんでもいいという気持ちになった。それは多分あんまり良くないことなんだけど、体重がどんどん減っていくのが嬉しくてそれが理由で薬をやめるのが怖いという気持ちになるときもある。

 

 

うれしかったことと楽しかったこと

 

一ヶ月以上前に枕が高いと首が痛くてねむれないとなおとさんに言ったことを覚えていてくれて、しかも黙って低いほうの枕に替えておいてくれた。なんでも忘れちゃうからなぁという癖に覚えてるじゃん…と思ってうれしくなった。私はといえば朝起きるまで枕のことなんてすっかり忘れていた。恩知らず!

 

なおとさんは歯ブラシに歯磨き粉をつけてもってきてくれる。歯を磨いてると「いっぱい磨いて偉いなあ」と言ってくれる。口をゆすいでたらいつのまにか後ろに来て、タオルを渡してくれる。

 

なおとさんお腹すいたーというとお素麺を茹でてくれて、2人でずるずる食べた。ヒルナンデス見ながら。これ食べちゃいなとわたしに多いほうを譲ってくれて、そういうときなおとさんはちょっとオカンみたいで面白い。

 

博物館の帰り道、隣を通り過ぎていった浮浪者ちっくなおじいちゃんの服装がかなりおしゃれだ!と思ったけど、その時は別の話をしていたから触れなかった。そのあと「さっきのおじいさん、良かったね」となおとさんが言ってきて、なんか嬉しくてめちゃくちゃはしゃいでしまった。

 

 

なおとさんの好きなものまだぜんぜん知らないなと思って、サイゼリヤでご飯食べてるときに「プリン、ゼリー、杏仁豆腐、ヨーグルトだったらどの順番で好き?」って聞いた。

1位杏仁豆腐/2位ゼリー/3位プリン/4位ヨーグルトだった。好きな果物は硬めの桃と梨。好きなお寿司はイカとタコと貝。

あ、あと好きなお店はびっくりドンキー。

 

 

昨日2人でお酒飲んでしゃべってたら、なんかもう楽しすぎてさみしくて泣けた。なおとさんに私よりずっと長く生きてほしい。あほみたいなんだけど本気でそう思ってるんだよ。

忘れたくないなあこの気持ちを

 

 

「そのままのあなたを受け入れる」という姿勢の愛情を実感したことがなかったから、それも愛情だということに気づかなかった。

 

その人のために綺麗でいないといけないと思ってた、その人のためにいつでも機嫌良くいるべきだと思ってた、その人がくれたものは返さなければいけないと思ってた。そうしなければ愛されるわけがない。だから相手からも、自分のために何かしてくれる、願いを叶えてくれる、ということを愛情だと思っていた。

 

彼がさっき、朝起きて窓を開けたあと「内圧と外圧で、勝手に他のドアが閉まるのってびっくりするね」と言ったのが私はすごく嬉しかった。それはとても愛だと思った。

宇宙の、地球の、世界の、日本の、この部屋の中の、小さな個人的な、歴史の本を作ったとしたら真っ先に消されてしまいそうな会話を、私にくれてありがとう。と思った。

 

そのままのあなたを受け入れるということは、ただ生きている生活の中にあなたがいて、そのあなたもまた生きていて、まぁでも綺麗事だけではやりきれないようなことも、まだ知らないだけで沢山あるんだろうけど。でもなんか全部苦しくない。忘れたくないなあこの気持ちを。

 

わかんなくてごめん

 

いつも「ここにずっといていいんだよ」「そのままでいいんだよ」と行動で、目線で、言葉で、伝えてくれていたのに私の矢印はいつも自分にばかり向いていて、私の心ばかり守ろうとして都合のいいときだけ人間関係の楽しいところだけをやりたくて(だって1人でいる時の私はこんなにもつまらない人間だから)ただ、私は彼にずっと怒られたいと思っていて、友達に話しても全然理解されなかったけど、それは私なりのほんとうの愛情たるものの形で、楽しいとこだけやりたいのは自分がほしいものなんてほしいかたちでは手に入らないだろうと半分諦めているからだったのかもしれない。そのとおりだよ。そこにあったのに。いつでもあったのに。